ナポリの小枝とノルウェーの切り株

ノルウェー、ヴィーガン、猫とおそ松さん

2010-01-01から1年間の記事一覧

続アイリック・棒、素敵なほうの彼

はじめに・・・・ 私の無い脳みその中をずーっと流れ続けている音楽が こちらの一曲。 御フランスのベルサイユ出身4人組、 Phoenix 左端、ボーカルの変態臭さが妙にセクシーで悪の魅力。 70年代の少女マンガに出てくる不良みたい。 服の着こなしに不潔そ…

バロックだけどルネサンスな南プーリア

実は気が進まなかった、イタリアを旅行するなんて正直なところどうでもいい。 しかも今回は治安の悪さで悪名高いプーリア州である。 なぜ、こんなに行きたくない土地へと行くのか・・・、 それはベルゲンからやってくる7月のギムナジウムおじさんたちが ギ…

私はUFOにさらわれた!

コンサート会場、後方に見えるのがこの地方の伝統住宅トゥルッリ お待ちかねのKOC(Kings Of Convenience)のライブに行って来たのはいいけど、 始まってから終わりまでの記憶が無い。 私の今回の目的は最前列で見ることだった。 自由…

ちょっとだけ休憩

南イタリアの前菜といえばこれ。 真ん中の白いものがモッツァレラチーズ、 そして生ハム、オリーブののっかているのが、カピコッロ(首の部分のハム)、 ばら肉のハム、パンチェッタ、そして海草入りの揚げパン、ズッキーニの花の詰め物。 友人の大学卒業パ…

リサイクルお城と砦

イタリアに侵入した北ロンゴバルド族(大ロンゴバルディアを形成)、 そして移民した南ロンゴバルド族(小ロンゴバルディアを形成)は 同じ民族ながらも別々の方法でイタリアに居座った。 さて、南に移民を言う形で流入してきた方は その素晴らしく農作に適…

ローマ、その後、ロンゴバルド族

ローマ帝国が崩壊してからというもの、ゲルマン民族の流入により、 ローマ文化圏は他の習慣を受け入れざるを得ない状態となるわけだが、 その中でもそんな変化に大きな影響を及ぼした民族がいた。 それはロンゴバルド族といい(日本ではランゴバルド族のほう…

ベルゲン大学博物館

イタリアで考古学を勉強してるってだけで、 イタリア国立博物館及び遺跡の入場料は全て無料になる。 まあ、係員と知り合いというだけでも勿論無料になるのだが、 そんな交友関係が無い私にとっては学生証が黄門様の印籠に近い役割をしてくれる。 ノルウェー…

ギリシャOr中世?

今日は夕立のおかげで気温が下がり、いつもの頭痛がなかったので 少しだけ苦手な古代のお話。 私のホームタウンから電車で20分ほど南下すると、 世界遺産に登録されているギリシャ神殿群、パエストゥム(Paestum)に着く。 ここではアテネのパルテノン神殿…

ベルゲンまで10時間 フィヨルド表ルート

もう、何ヶ月も経っているのに未だに3月のノルウェー旅行について書き続ける 危ない記憶力の私。 今回は西ノルウェーにて、10時間も乗り続けたバスの話。 グループ行動が当たり前の南イタリア人、 たった一人で行った西ノルウェーバスの旅の話は超人伝説のよ…

ノルウェーのカトリック教会と怪僧アンフィン

オスロのドメニコ教会入り口部分 暑いとノルウェーが恋しい私。 上の写真はカミッラが通うドメニコ教会の入り口部分、 ルーテル派のプロテスタントが国教のノルウェーでは数少ないカトリック教会の一つ。 今回は歴史のお話ではなく、ただのノルウェーカトリ…

中世考古学

中世考古学は私の大好きな分野であるのだが、 勉強を始めてみると、その分野の曖昧さに長い前置きが必要になる。 そもそも、中世という時代の定義は存在せず、 学者や地域によってかなりのズレが生じるため、 どの本を取っても年代の設定に長い説明を書き添…

トラブルは回避すべき?

昨日、寝不足の頭でカルフールに買い物に行った。 レジでトマトの瓶を割ってしまい、レジ係の髭おじさんに迷惑を掛けたのだが、 睡眠不足の私は申し訳ない気持ちをまくし立てたせいか、 トマト瓶大爆発の見物オーディエンスたちからなぜか褒められた。 店員…

アイリック・棒、素敵な方の彼

アーランドがらみの記事ばかり書いているが、キングス・オブ・コンビニエンスには 素敵な片割れアイリック・ボウが居ることも忘れてはいけない。 アーランドが音楽マットの"赤毛DJトロール、森の中からこんにちは"なら アイリックはサッカー選手並みのマッ…

アーランドのヘビロテ着まわし術

農作業ファッションの私が言うのもなんだが、 kings of convenience の素敵な方でない彼、アーランドは着回しがひどい。 服にお金をかけるのが嫌なのか、無頓着なのか、芸術的センスに偏りがあるのか・・・、 とにかくよく同じ服を着ているのを写真やライブ…

オスロって何?

オスロのマンホールカバー、ノルウェーは各地にその土地ならではのマンホールカバーデザインが存在する。 3月に行ったノルウェーのことを思い出すとネタが尽きない。 カミッラが住んでいるという理由でどうしてもオスロに腰を下すことになるのだが、 この街…

ストライキ・ストライクス・アゲイン

久々に山の中にある大学へテストを受けに行った。 研究員のストライキとかで試験は行われないそうだ・・・、 待遇悪いから仕方ないけどさぁ・・・。 ストライキでもとりあえず来る学生たち、 情報交換だけして帰った。 既にテストを受けた学生が冷やかしに来…

清貧思想、その後

精神思想から出現したフランチェスコ修道会、 教会汚職やそれに見合っていない豪華な生活を送る聖職者たちを 弾圧し、異教とみなされ迫害されたバルドス会の一例があったように この思想は教会と平和を保つためにいくつかのルールを改定しなければならなかっ…

13世紀

ベネディクト会から新たな動きとして頭角を現す修道会、 クリュニー会、ベネディクト派観想修道会 シトー会、ベネディクト派隠者修道会 チェルトーザ会、禁欲隠者修道会 ベネディクトの戒律は観想修道会で好まれ、 アウグスティウスの戒律は隠者修道会で適用…

ドメニコ修道会

13世紀初頭に出現し、庶民にも大評判だった托鉢修道会、 フランチェスコ会をともに頭角を現したドメニコ修道会について書いていこうと思う。 ドメニコ修道会 創立年: 1216年(教皇ホノリウスにより認可) 創始者: ドメニコ・デ・グッツマン この修道会…

アッシジのフランチェスコ

13世紀には托鉢修道会の誕生を迎えるのだが、 この時期に入り、教会の運営に異を唱えるものも目立つようになり(カタリ派、ヴァルデス派など)、 教会側の鬱屈は異端狩へ向けられる。 教会不信という言葉の方があっているかもしれない。 民衆の不満に答える…

シトー派修道院

ベネディクトの戒律、ウィットビー教会会議、アーヘン条約、 9世紀に目立ち始めた聖職汚職から教会を救った クリュニー修道会、この修道会はいくつかの対策により、 保護、そして教会に大きく貢献する一方、 現世との繋がりが断ち切れずに少しずつ富を蓄え…

ノルウェーじゃん絵心

ノルウェー人の絵心を写真つきで一部紹介。 500円スマイル オスロ中央駅の売店にて、 カプチーノにスマイルを書いてくれたのはいいけど、コーヒーの濃淡や微妙にサイズの違う左右の眼・・・。 これ作ってくれたの 素敵な金髪兄ちゃん、 ヘタクソスマイル…

隠者生活再び

6世紀後半に発生したべネディクト派修道会は 教皇グレゴリウス1世の力添えもあって勢いのあった コロンバヌス派のアイルランド、ケルト教会系の修道院を押しぬけて 西洋キリスト教の基本戒律として定められる。 9世紀頃、地位を利用した教会汚職に腐敗聖…

クリュニー修道会 ベネディクト派発展

自分の陣地ではないので、うまくまとめられるか少々不安ではあるが・・・。 10世紀にフランスを中心に発展したベネディクト会からの派生修道会である。 本題に入る前に: 8世紀後半、カール大帝により修道院は学校としての機能が大きい部分を占めるように…

ベネディクト修道会 発展そしてクリュニー修道会へ

ベネディクト修道会は6世紀にイタリア中部で生まれ、西洋キリスト教世界における修道院生活の根本を築く。 後に教皇となり、ベネディクトの戒律を修道院の基本概念に制定したグレゴリウスもまた、 貴族階級であり、執行官になるべき教育を受けたが、神に身を…

イタリアはボケている

6月にはいるとテレビ番組は再放送のヘビーローテーション、 この前は以前、ゴールデンタイムに放送されたであろう歌番組が お昼のランチタイムにやっていた。 イタリアの音楽シーンは暑苦しくて苦手だが、 カルメンの実家にいたのでチャンネルをいじれず、…

ベネディクト修道会 派生

西洋におけるキリスト教を語るに当たって、いくつかの修道会とその戒律を紹介せずには ただの歴史的出来事を並べているだけに過ぎず、触った程度のことしか書けないので ここで少々、いくつかの修道会について触れておきたい。 ローマン・カトリックにおいて…

ドゥアリズムと異端審問

カルメンに引き止められて週末ナポリが一週間になってしまった。 いない間にコメントくれてたMaximilianoさん、akatomoさんありがとう。 今回の記事は中世とは全く関係ないので、 歴史記事でテストの点数稼ぎたいものぐささんはパスしてください…

2人の教皇 西方教会大分裂

西方教会第4期は権力を増したフランスの言いなりになる教皇と教会民主制の時代。 フランス国王及び、国家形成、 ドイツの領主制の存続とドイツ王すなわちローマ皇帝という形式の確立(教皇から戴冠させることなく皇帝にさせるための図式の確立)、 教会の最…

アビニョン捕囚

西洋キリスト教史も第4期(1300-1500年)に突入。 前期では教皇と皇帝の力比べ、教会権力の拡大からフランスにおける政権の成長に アヴィニョン捕囚という事態を招くイントロで幕を閉じた。 敵であったスワビア権力はフランス貴族のアンジュー家により断絶し…