ナポリの小枝とノルウェーの切り株

ノルウェー、ヴィーガン、猫とおそ松さん

湖のほとりはイケアの近所

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お天気の土曜日、午前中に帰国前の買い物を済ませ、オスロ郊外にある湖へとハイキングに行きました。

ルートヴァン(Lutvann)という湖に行くことにしたのですが、市内に数ある湖の中でどうしてここに決めたかというと、ちょっとの労力で交通費が掛からない場所にあったからです。

オスロから10キロほど東側にあるこの湖は、オスロ中央駅近くからイケアの無料バスがあるので、そこから数キロ歩いてたどり着くことができます。

もちろん、イケアで買い物をしてほしくて無料のバスが用意されていることも十分承知なので、ビストロでヴィーガンアイスやコーヒーを飲んだりもしますよ。

 

イケアの裏手には住宅街

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週末ということもあって、イケアで買い物をして戻ってくるらしき人たちも多く、湖までの道を聞くのに苦労はしなかった。

真新しい建物の横のキツイ上り坂を上って行くと団地のような住宅街が現れ、地下鉄の駅やスーパーなどの小さな街に出た後、誰かの家の庭を通過して行くので、どこに湖があるのか不安になったが、まるで境界線が引かれているかのように、ある地点になると、急に住居が見えなくなり、森の入り口となった。

 

人がよく来る森の道は小石で舗装されている

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キャンプに行くわけでもなく、湖のほとりで簡易バーベキューをするだけなのにデカいバックパックを背負う私たち、しかも、カミッラがパッキングしたので私はその中身を知らない。

森を行くこと数分、森の入り口付近から後ろを歩くチャラそうな二人の男性が英語で話しかけてきた。

一緒にビールを飲もうとか言っていたが、誘う相手を完全に間違っている。

お酒が全く飲めない私とアルコールに対する倫理観が厳しいカミッラはお酒の席に誘った時点で会話は終了する。

 

湖に到着

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誰かが設置したたき火コーナーがあったので、それを利用して火をおこしましょう。

持ってきた木炭の上に集めた着火用の小枝を重ねて火を点けます。

 

・・・トウモロコシ?

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火は点いたけど、網を忘れたので直接火に乗せるという無茶ぶり。

手前の白っぽいやつは鱈の身を集めて固めたやつで、切り身状になっているのですが、網がないからといって、箱ごと火にくべたが解凍されて生臭くなっただけ。

 

湖の面積が広いので、いくつかのアクセスポイントがあるらしい

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水も澄んでいて泳ぐ人も結構いた。

水辺で本を読みふける一人で来たであろう女性も数人、水着で岩の上に寝そべりサングラスをかけて読書していたり、持っているタブレットで写真を撮ったりしているといった、一人も楽しめる女性は多分、ノルウェー人かな?

カミッラが写真撮影を頼んだら快諾してくれて、何枚か撮ってくれた。

一人で来ていても電話でずっと話をしているのは東ヨーロッパ系の人らしく、後から団体が来て、音楽をかけたり食べ物を沢山並べていて、私たちをチラ見するときの表情がすっごく怖かった。

 

少し影ができると暗い

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印象的だったのはヒシャブを被った3人組の高校生らしき人たちが“悲鳴大会”みたいなのを始めたので、彼女たちの叫び声にいちいち反応して恐怖したので神経がすり減ってしまった。

水辺がキレイで目の保養になりますが、泳ぐなら断然海の方がいいです、怖いから。

 

水の透明度

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足首までガッツリ水に浸かっていますが、水面の境界が分からないほど透明です。

とはいえ、やっぱり泳ぐのは怖い。

以前、カミッラの実家近くにある湖で泳いだことがありますが、海と違って浮力が働かないせいか、泳いでも泳いでも前に進まなくて水温が低いこともあって疲れ切ってしまった思い出がございます。

 

影が長い

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午後のひとときを水辺で過ごし、オスロ市街へと戻りますが、カミッラは地下鉄を使って、私はイケアへ戻り無料バスで別々に戻ることにしました。

以前の教訓からスマホとポケットWifiもしっかり携帯し、来た道の坂を下りきった先のイケアでバスに乗り込みました。

カミッラは聖オラフ教会のポーランド語ミサに参加しますが、終わるのは8時頃なんで、それまでの間、駅からカールヨハンを通って、ヨングス・トーゲットという広場へ行ってみます。

 

ヨングス・トーゲット広場

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ゲイプライドの期間中ということもあり、虹の旗がはためいていました。

ノルウェーの、それもオスロの個人の尊重と自由というのか、マイノリティーが日陰にいなくてもいい社会に憧れを感じます。

実際、ここには住んでいないのでいいところばかりが見えるのでしょうが、一度ノルウェー人として生きてみたいという願望は止まないでしょう。

このとき、明後日は日本に向けてオスロを発つということに、実は早く帰りたかったことと、やっと脳みそがノルウェーに慣れてきて出発を残念に思う気持ちが複雑に入り組んでいました。

 

ミサの後、カミッラは外食したかったようだが、私は午前中に買ったヴィーガンシュニツェルを食べると決めていたので家で食べることを提案。

 

ヴィーガンシュニツェル

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ノルウェーにはここ数年でヴィーガン食品が増え、私にはウレシイ限り。

 

その日の夕食

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シャンピニオンも日本だとちょっと高価なので、ここで食べておきます。

これをパンにはさんでおいしくいただきました。

レモン汁があったらもっと美味しかっただろうと思います。

翌日はフォコラーレという女性カトリック団体が主催するパーティに出席するので、会場となる場所まで地下鉄を使って行きます。

 

オスロの週末

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オスロに来てから一週間、そしてもうすぐ帰国です。

金曜日なのでカミッラのお母さんが隣県からオスロに来て、聖オラフのソーシャルランチもあります。

11時の待ち合わせまで時間があるから、オリエンテーリングのチェックポイントを探そうと、誘われます。

このオリエンテーリングはSport Jaktenという、オスロ市主催のお散歩ゲームのことなんですが、街中にチェックポイントを置き、そこにはQRコードが付いていて、Sport Jaktenアプリで読み取るとポイントが加算され、そのポイント数を競うという平和なスポーツです。

 

チェックポイント

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青いポイントは見つけやすくて、平和なところにあるのでポイント数は少な目です。

多分、主催者側は夏の間に積極的に外に出て歩いてもらおうという意図があるのだと思います。

私もカミッラに付き合ってチェックポイントを探しているうちに随分オスロに詳しくなりましたが、雨が降ったりやんだりするお空の下でびしょ濡れになってまで歩き回るのは何だか嫌、しかもこの後は予定があるし、一日に何度も着替えをしたくない。

大雨が降ってきたところで、カミッラママとの待ち合わせ時間となり、カフェへ。

イサベラからお誘いを受けていたソーシャルランチがあるとも知らず、カミッラママは小エビのサンドイッチを食べていました。

 

聖オラフ教会マリアゴード館

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5年前くらいに建てられた聖オラフ教会司教館の別館みたいな建物。

ここでは数年前から南アメリカ人のグループが急増したのか、メキシコ出身のイサベラが主催者となり、料理を作ったり、食後のくじの景品を管理したりしているよう。

以前はノルウェー人のビョルグがボランティアで行っていて、参加するメンバーもノルウェー人がほとんど、アフリカ系の人たちも結構いたが、混じることなく別のテーブルで食べていたのを覚えている。

 

本日のメニュー

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左からピザ、ソーセージ、サラダ。

ソーセージはスープと友情のパーティで余ったものを再利用していることを私は知っている。

イサベラが主催者になってから、調理して出すのはスープだけとか、サラダパスタだけとか、お米とお肉だけみたいなメイン一品と、パンとデザートみたいな食べたい人だけどうぞなランチになったと思う。

以前は少量を数多く出していて、覚えているだけでもチーズ数種、ハム、サラミ、ゆで卵、サラダとパンというノルウェーで良く食べられているメニューを中心にサラダや豆のトマト煮、お米、魚のパイなど、私はギルティ―フリーなものを選ぶことが出来たことを思い出す。

従って、イサベラのランチでは甘いドレッシングがかかったサラダと薄焼きパンくらいしか食べるものがありませんが、今回はとっても嬉しい果物が沢山振舞われました。

 

デザートコーナー

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ここに何時間でもいたくなるような美しいフルーツたち。

食事は無料ですが、お金を出せる人だけ、くじの券を一枚300円程度で買います。

くじの券で得た収益はボランティア資金となったり、教会に寄付したりするようなので、お金を出すのがマナーなんですが、私の分はカミッラママが払ってくれたので申し訳ない。

くじの景品は当たった人からテーブルに並べられた謎の箱を選んでいくという方法で決められ、中身はオーガニックのお茶パックとか、台所用洗剤や布巾、ヘアスプレーなどで、今回、私は靴下が当たりました(やった!使える!!)。

このランチにはイタリア人で日本在住経験のあるカルロ神父が必ず参加していたけど、最後にあった時はかなりアルツハイマーが進んでいたので、病状が思わしくないのだろうと少しさみしくなりました。

そして、イサベラとのお別れを初めて惜しみ・・・彼女は私がたまに参加するオスロ在住のベトナム人だと思っていたようで、日本から年に一回10日間だけオスロにいることを今回初めて知ったので、何度もあっているのに、今回は妙に距離が近くなった気がする。

ランチでも十分に楽しんだはずのコーヒーをカフェに行ってもう一杯浪費した後、カミッラママはスーパーで買い物をするというが、どうやらカミッラのアパートで夕食を作るつもりらしい。

彼女のキャベツ煮込みは最高だけど、この時初めて、お友だちを夕食に招待したことを知らされた。

 

ノルウェー人のご馳走はスープとパンです

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スープはアジアンスープというココナッツベースのクリーミーなレトルトを温めただけのもの、いつお友だちを招待したのかは知らないが、相手は割と突然来ることを決めたような感じだった。

いつもだったら、私が食事を作ったり、全てをプロデュースするのだけど、今回はカミッラママが頑張ってくれました。

 

食事に来たのはオバちゃん。多分、ソーシャルランチによく来る人。

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食べかけのクッキーとチョコを持ってきたのが、印象的すぎた。

毒舌なノルウェーのオバちゃんという感じで、あのソーシャルランチに来なくなった理由が良く分かった。

食後のエスプレッソも砂糖をたっぷり入れていたが、私が作ったコーヒーシュガーもスプーンですくって食べていた。

ノルウェーでは砂糖がとても貴重だった時代があったらしいので、その名残なのか?

お天気がご機嫌になった頃、カミッラママは帰宅し、オバちゃんはまだ居ようと思っていたのかもしれないが、カミッラがテーブルの位置を直したり皿を洗い始めたので、空気を察してか、帰って行った。

 

私たちにも夕方の予定がある

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ミサの時間まで少しあるので、ちょっとだけ遠回り、写真右側には若い女性が何故か腕立て伏せをしている。

写真を撮っているが、インスタ映えでも狙っているのだろうか?

3時頃にスープを飲んだのはいいけど、ミサが終わる8時頃にはお腹が空く。

いや、耐えられる程度の空腹なので、このまま家でオーツ麦のクラッカー食べる程度でいいんだけど、頭に浮かんだPIZZAの文字が離れない。

 

何て魅力的な食べ物なんだろう

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お互い、すごくお腹が空いているわけではないので、1枚を二人で食べました。

あと2日でオスロを発つので、週末の予定を立てます。

明日は帰国前の買い物がしたい。

アカデミック木曜日

オスロ大学の考古学部に籍を置いているカミッラから、石器づくりのお誘いがあったので、ラボに行ってきました。

 

オスロ大学考古学部の校舎

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大学は中心街から離れたブリンダンと呼ばれるところにあり、考古学部は学食や図書館からやや離れたところにあった。

カミッラはカザフスタンに興味のある地上絵があり、その絵の謎解きをしたくて大学で考古学を勉強しようと入学したらしく、度々私にメールでカザフスタンの地上絵について、どう思うか資料を添付して送ってくることがあった。

確かに私は考古学を勉強していたが、専門は石器時代よりずっとあとの中世、それも南イタリアなので、必須科目としてかろうじて古代を少々知っている程度、まだ言葉がなかった時代の巨大な地上絵は、地下に建造物の土台が浮き出たクロップサインか、宇宙人の仕業くらいしか思い浮かばない。

 

校舎内の廊下

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講義を行う大教室と違い、ここは学部のラボや研究室、事務室などがあるので、生徒がたむろ出来るようなスペースはないが、トイレだけでなくシャワー室まであった。

ノルウェーの他の大学や違う学部を覗いたことが何度かあるが、ロッカーやトイレの横にシャワー室があって、利用している人をみたこともあった。

スポーティな人は登校時にジョギングでもして汗をかいたり、通学路が森の人は転んで泥だらけになっても、リフレッシュしてから授業を受けられる親切設計なんだろうか?

 

ラボに置いてあった石

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イタリアではこういう風景を大学のラボだけでなく、遺跡でもよく見かけた。

出土した特に“重要でないもの”、瓦礫や復元の必要がなさそうな陶器のかけらがほとんど、でも写真のものは実習に使う石器を作るために必要な石です。

 

石器づくりに使った石置き場

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よく見るとコーヒーの蓋が混じっているので、ゴミ箱だったんじゃないかと思いますが、私はこの大学の生徒ではないので、使い古しを使わせてもらえれば、それでOKです。

石器は黒い石を白い石で割って作ります。

黒曜石ってやつだと思いますが、当時の職人さんは熟練工になるまで最短2か月程度だったというので、私も頑張れば短期間で学べるかもしれません・・・が、腕がしびれて上手に割れない。

 

やっとそれらしきスライスが切り出せた

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小さいですが、これは矢じりに使えるサイズとのこと。

ここから更に白い石をやすり代わりに形と刃先を整えていきます。

ある程度のところまでは頑張りましたが、使わない矢じりを研磨するほど心と筋肉に余裕があるわけもなく、学食へコーヒー休憩に行こうということになりました。

 

図書館

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オスロ大学は初めてではないが、図書館も学食も本当に立派で、毎回驚く。

これで学費が無料、管理費のみの支払いで済む上、保育園までついているなんて誰だって一度は大学生になりたくなる。

時刻は午後3時だったが、大学の学食もカフェも店じまいをしていたので、カフェイン欠乏のまま図書館で過ごすことにした。

 

図書館ロビー

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上にはちょっとした展示室がいくつかあり、地下には駐車場かと思うくらい広いスペースにロッカールームのような広いトイレがある。

お菓子とコーヒーの自販機もあるが、スーパーで買った方が安いし、コーヒーも少ししか出てこないので、魅力に欠ける。

私は図書館のレファレンスコーナ―の先あったパソコンを使って、しばらくカミッラから依頼されていたロンゴバルド族の資料をひたすらチェックして保存することにした。

パソコンやスマホの普及率が高くなったせいか込み合うこともなく、時間制限もないのでゆっくりと打ち込めるけど、静かで穏やかな照明、心地よい温度とキーボードを打つ音が心地良いが、ネットを始めるとトイレに行きたくなるあるあるで、一度席を立った。

カミッラは一人で例のオリエンテーリングのチェックポイントを探しに行った。

雨に打たれながら、バスを使ってでも見つけたいものなのか、毎回疑問に思う。

 

ロビーにあった古代の碑文、本物だろうか?

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カミッラが戻ったので、お互いコーヒーを飲みたいということで、大学を後にし、最近お気に入りだというイタリアン・カフェに行くことになった。

 

キルケ通りにあるイタリア風カフェ

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イタリア風というか、ピザとエスプレッソの店です。
内装が爽やかな色なのに、椅子の形状や黒をアクセントカラーにしているためか、60年代のイタリア風な雰囲気がかすかにします。

ノルウェーでは当たりまえのワンオペ経営なので、丁度夕食どきに来てしまった私たちはエスプレッソ2杯を受け取るまで随分時間が掛かってしまった。

観光客っぽい2家族がピザを注文するだけで、手一杯になってしまうお店、時間がないなら他に行きなさいという余裕が、客を待たせてはいけないと刷り込まれている私にはうらやましかった。

この地域はカミッラが以前通っていた学校と、そこのサークル活動で使ったマイヨルストア教会があり、図書館もスーパーもどこにあるのか把握しているので、もし私がノルウェーに住むなら、この地域を選びたいといつも思う。

 

聖ドメニクス教会

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早めに教会に着いてミサに参加。

夕方になって天気が回復してきたのか、外が明るい。

写真を撮っていたら、カメラ好きのオッサンが近寄ってきて、私の一眼レフに付いているレンズについて聞いてきた。

オッサンはフィルムカメラ派なので、デジタルの映すシャープな画像が現像したときに残念に感じるのだとか言っていた。

翌日は自分もカメラを持ってくるので見せてくれるとか話してくれたけど、私たちは多分、聖オラフ教会のミサに行くので会うのは難しいだろうと言って別れた。

 

夕食はヴィーガンケバブ

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フライドポテトトッピングしたので、千円近くなってしまったが、大豆ミートケバブヴィーガンソースを使った正真正銘のヴィーガンメニューが本当に嬉しかったです。

片手で持つのは難しいくらい、すごい量なので、大満足です!

カミッラはファラフェルのラップサンドで、いつもLサイズを頼んでいますが、ファラフェル団子が2個多いだけで150円くらい高めで、ピタではなく、ラップサンドなのでエクストラで更に100円くらい高くなります。

食べ終わった後、カミッラがナポリで買ったと思われるエドアルド・デ・フィリッポというナポリ喜劇のDVDを鑑賞。

初めてみたフィリッポの作品はナポリをよく知らない人が見たら、何が面白いのかわからないような、かなり濃い舞台作品で久しぶりのナポリ方言にワクワクしながら見ましたが、9時前に見始めて、終わったのは12時をまわっていたため、後半は寝る準備をしながら見た。

オスロ大学に始まり、ノルウェーとイタリアの文化を行き来した一日は穏やかで少し退屈な感じ。

この感覚、イタリアにいたときに年に一度ノルウェーに遊びに行った際、惰性で過ごしていた何でもない日々、まるでオスロの住人になったかのように過ごした日々を思い出して、なんだか懐かしかった。

あの頃は、カミッラもまだ神学生で授業に出ている間、私は校内の図書館や学食で、新聞を読んだり、コーヒーを飲んだり、地下にある台所で簡単な食事を用意して食べたり、顔見知りと会えば、今よりずっと上手だった英語やノルウェー語で会話したり、授業が終わった後のカミッラと近所を散歩してミサに行って、夕食後はおしゃべりをして過ごす一日が多かった。

そんな日が妙に懐かしく感じるのは、私のライフスタイルが変わってしまったからなんだと思うと、時間の経過が残酷に感じたりします。

 

スープと友情

ビュグドイ半島にはヴァイキングシップ博物館、民族野外博物館、フラム博物館とホロコーストセンターの4つの博物館があるのですが、上記3つの博物館の周辺はあんなに混んでいるのに、それ以外の場所は散歩を楽しむ市民をたまに見かける程度で、こんな雨の日に寂しい海を見に来る人なんて私たちくらいでした。

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オスロっ子のレーネ・マリーはこの海辺を散歩するのが好きらしく、よく一緒に来ていたとカミッラは言っていた。

 

至る所で見かけた野バラ

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海から森へと入ると、雨でしっとりとした植物がとてもきれいで、ピンクの野バラが新緑に映えてステキです。

 

 

この後、聖オラフ教会司教館で青年会のパーティがあります。

散歩は2時間くらいで切り上げて、ビュグドイ半島の入り口となるスコイエン駅へと戻り、カフェで一休みしたあと会場へと向かいました。

 

もう少し後で来ればよかったと後悔する私

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台所には食品が並んでいました。

つまり、準備をこれからするということで、その場に早くついてしまった私たちは予定の動員となり、食事準備のお手伝いをすることになりました。

・・・まあ、タダ飯を食べるのだからお手伝いはしないとね。

 

スープと友情会

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この青年会はカトリック教会で有志を募ったボランティア団体で、薬物依存症の方々を始め、必要としている人たちに簡単な食べ物を提供して歩く活動です。

去年参加してみましたが、サンドイッチと果物、チョコレートバー、アイスココアをカートに入れて、オスロ駅の裏側辺りを歩き、注射器を持っている人やスプーンに入れた粉をライターで炙っている人たちを見つけては“サンドイッチいかが~?”と声をかけ、世間話に応じて来る人にはできるだけ話を聞くということをします。

カミッラと知り合ってから、ホームレスの人や不法滞在の人など、あまり知り合うことのない人たちとも話す機会が増えたので、薬物依存の人にもあまり抵抗なく話しかけることが出来、彼らが甘いものに目がないということが興味深かったです。

 

薬物依存の方々だけでなく、ノルウェー人は甘党が多いらしい

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サラダの準備の他、クッキーを皿に並べるよう頼まれたが、数種類のクッキーとブラウニーコーヒー風味が用意されていた。

あまりのビジュアルに数枚つまんでしまった。

そう言えば、この日はバナナしか食べていない。

ボランティア参加者を労ってくれると言うので、どんなものかと思いましたが、食事を提供してくれるようで、参加者は主催者のフロール夫婦、私もよく見かけるイタリア人ハーフのピエトロくんやペンテコステのお手伝いに来ていたトゥルーダ、見たことのない二人の女性でした。

 

聖母に見守られたスナック

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このスナックがテーブルに置かれた瞬間、凄い勢いで食べ始める人がいて少しびっくりした。

まあ、物価の高いノルウェーでもスナック菓子やチョコレートは高めなので、この機会に食べておきたいのでしょう。

私も空腹だったので手を伸ばして少し遠慮気味に頂いた。

パーティの始まりは、牧師さんか神学教師らしき女性が家族の重要性や人との繋がりの大切さについて聖書を引用しながら話始めた。

45分程のレクチャーで、少し不慣れな様子が妙に感じの良い人だった。

レクチャーの後は、聖オラフ教会でミサがあるので一度中断して、戻ってくると今度はサラダやソーセージ、ワインが用意されていた。

 

ノルウェーのパーティでは良く振舞われるソーセージ

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ホットドッグのトッピングやソースにもかなりのバリエーションがあり、サラダのドレッシングもフロール特製のレモンとミントを使ったものや、なんとアボカドも用意されていた。

 

少人数のメンバー

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あとから、ピエトロの友達や経理のイサベラが参加、この活動を行う上で度々警察から職務質問をされるらしく、事前に警察署に報告をして逆にサポートしてもらえるようになったとか、それでも理解してくれない職員がいるとか話していました。

目の前に沢山の食べ物があるのに、ノルウェーにいると何故か沢山は食べられず、日本で高いイチゴやマスカットを中心に食べて行くことにした。

この日は箱ワインも用意されていた。

ノルウェーでは国営の酒屋でなければ買えないはずのワインが食卓に並ぶのは、よほど特別な日なので、すぐになくなるのもよくわかるが、アルコールを一滴も飲みたくない私には全く理解できない現象だった。

ちょっと酔っ払い気味の参加者たちも、翌日の仕事を考慮して9時には帰って行った。

 

ワインを飲んでも、最後はコーヒーとクッキーで閉める

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帰りそびれた私は後片付けも手伝うことになり、ペンテコステで司教館の台所の使い勝手を知ってしまったので、何の指示を受けることもなく、自発的に皿洗いや床の掃除をして鍵を閉めるころには10時を過ぎていた。

10時とはいえ、まだまだ明るいオスロ、フロールからはお礼にと飾ってあった黄色いバラをもらい、楽しい気分で帰路に着いた、とっても不快な湿った靴下のことも忘れて。

 

ビュグドイ半島を楽しむ

ヴァイキングシップ博物館とは、その名の通りヴァイキング時代に使われていた船が展示されている博物館のことです。

時期的に観光客の多そうなところは避けたかったですが、前日訪問した歴史博物館と共通チケットなので、追加料金なしで入場できるなら行かないわけには行かないでしょう。

ヴァイキングシップ博物館

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 カミッラは聖オラフ教会の神父さんと別予定があるので、現地集合ということになり、私は貸自転車を借りて、博物館のあるビュグドイ半島の入り口近くまで地図を参考にしながら一駅先の鉄道駅の近くで自転車を降り、その後は歩いて博物館まで向かった。

自転車を降りたあたりから結構な量の雨が降り始め、防水ジャケットしか持っていない私は足元がかなり不快な状態に。

それでも、博物館を目指して歩かねばならない。

ビュグドイ半島には他にもいくつかの博物館があり、学校や保育園の遠足らしき団体やツアー団体客のバスが狭い道を通り抜け、そこに乗っていたらしき人たちが列を作って入場を待っているのも見かけた。

カミッラが到着するまでの一時間ほどの間、入場する人たちを観察したり、ネットを繋げて溜まっていたメールを確認したりしていた。

 

船です

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その名の通り船の展示ですが、千年以上前の木造船が復元出来るほどキレイに残っていることやその造りから、当時の人たちの技術やそれを使って航海に出ていた様子を知ることができるすっごく貴重な資料です。

見ての通り、甲板部分が平たく広い面積があるのが特徴で、オールを通す穴が数多く見られます。

 

船首部分

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博物館の造りがラテン十字プランなんですが、半二階部分から観察出来るほどの高さがあり、船の外側は板が何枚も規則正しく重なって、細かい彫刻が施されています。

ご覧の通り、時刻はお昼どき、午前中の団体が去った後に入場したというのに、それでもかなりの人たちが博物館にいるので、オフシーズンの冬にでも再訪希望。

 

照明クリエイターの素晴らしい演出

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博物館の中に入って圧倒されるのが、影です。

船の船首部分に照明を当て、白い壁に映し出すという方法ですが、なかなかいい雰囲気で、一種の芸術作品のようでした。

船はお墓としても使われていたので、その副葬品である荷車なども展示され、館内のオーディオコーナーでは当時の染色技術や出土した衣服の一部をどのように復元したかを流していました。

展示室の一部ではプロジェクションマッピングによるヴァイキング時代のアニメーションが数分おきに投影され、見たことのないオーロラをここで見ましたが、迫力があってとてもきれいでした。

ミュージアムショップではいかにもお土産物という感じの国旗をあしらったキーホルダーや毛糸の靴下など、突っ込む隙もない面白くない品物ばかりが並んでいた。

国立歴史博物館よりずっと少ない展示なので、一時間も中にはいなかった気がする。

 

お外に出ると怖い雲

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渦を巻いた雲が珍しい。

これ、これから大雨を降らす前触れだと、カミッラが言っていた。

嵐の前にお腹が空いた私は、どこかで食事をしたかったが、この辺りには博物館前の売店くらいしか食事を買えるところがなく、空腹に耐えながらまた長い散歩が始めることになった。

カミッラは売店で迷うことなく600円くらいする何の変哲もないホットドッグを食べ、同じくらいの値段でエスプレッソを買って飲んでいた。

小腹を満たす程度のランチに1200円も出すのか・・・

・・・ホットドッグはヴィーガン用も用意されていたが、スーパーでヴィーガンソーセージを買って茹でて、薄焼きパンに包めば、100円もしないで食べられると思うと、どうしても財布の紐が固くなる。

 

少女の彫刻

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折角ビュグドイ半島に来たのだから、オリエンテーリングのチェックポイントを探そうと、この少女像の先にあるチェックポイント求め、カミッラは奥へと入っていった。

くるぶしの痛みを黄門様の印籠にして、無理することを断固拒否する形で、毎年繰り返される無茶ぶりを封印することに成功出来たので良かった。

 

ホロコーストセンター

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ここはナチスに侵略されたオスロで、ユダヤ人たちが収容されたホロコーストについて忘れてはいけないという記念館のような感じでした。

入場料は昼ご飯にカミッラが食べたホットドッグ程度ですが、夕方に別予定が組まれているので、一日に二つの博物館に行くなんて贅沢はしたくないので、今回はパスしました。

オスロ中央駅の近くにユダヤ文化博物館もあるので、どうせ行くなら、両方いけるときに行きたいと思います。

 

突然の人だかり

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ホロコーストセンターから海側に歩いて行くと、何やら人混みがあったので通りかかる。

テントでは食事を終えたような後のゴミ袋と大鍋がいくつか見えました。

そこにいた女性がバナナをくれたのでおいしくたべながら演説を聞いていると、ムスリム人の女性にもっとスポーツを楽しんでもらおうという女性の会でした。

確かに、ムスリム系の女性がスポーツをしている姿を想像するのは難しいくらいあまり見かけないかもしれない。

ノルウェー人はスポーツを積極的に行う国民性らしく、人口の割にはスポーツジムも多いし、大学などの教育機関でもエアロビ教室が無料で行われたり、運動場があったり、スポーツ用品専門店もかなりの数なので、それだけ需要があるのがわかるのだが、比率的にムスリム人の女性が女性だけで散歩している姿もかなり貴重だ。

テントで更にバナナを数本頂いて、私たちは海を目指した。

 

さみしい海

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ノルウェーの海は陰気なんですよ!

晴れているときだって、それなりにメランコニアな空気が流れているので、底抜けに明るい地中海を想像してここに来たら、落ち込みます。

残念ながら、私はこの暗い海が大好きで、オスロ近郊の狐島を見ながら家に帰って温かい豆乳ココアが飲みたいという気分にさせられるのが、何だか好きなんですよ。

 

暗い閉店中のバール

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ビーチから一つ入った広場には、コーヒーを売る小さな売店がある。

天気が悪いから閉店中なのかはわかりませんが、6月も半ばになるというのに海辺の売店がお休みって、この国がどれだけ短い夏を過ごしているのかと思う。

 

閉店中のバールの近くには入りたくないトイレもある。

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ビュグドイ半島にはいくつかの海水浴場がありますが、シャワーと一緒に必ずトイレが用意されていて、親切だと思う。

イタリアにいたときは家から5分で海に行けたので、海水でべたついたまま家のシャワーに直行していたのを思い出す。

 

陰気な海、再び

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海の真ん中に浮かぶ梯子みたいな飛び込み台が見えますでしょうか?

湖とか泳げる場所にはよく設置してあるんですが、多分海底に錘があり、そこからロープで固定されているようで、プカプカ浮いているように見えます。

この半島じたいは直径数キロ程度ですが、海岸線とそこに沿うように作られた森の通路を歩くとかなりの距離になります。

博物館を出た正午過ぎから午後5時まで、歩き続けてビュグドイマニアになれそうなくらい、細かい道まで歩き通しました。

途中、博物館外で見た渦を巻いた雲が降らせたのか、結構な大雨が降ってきて、お互い濡れてしまい、それでも歩き続けるしかできない・・・

この後、カトリック青年会の別メンバーによるボランティアスタッフを労う会に参加すべく、びしょ濡れのまま聖オラフ教会の司教館へと向かったのでした。

歩いてオスロ

前日、レーネ・マリーと待ち合わせに失敗してから、一日の予定が狂って映画“ホルテンさんの冒険”なみに友人たちを訪ね歩く長い散歩となって、最後は森ではぐれるという・・・

ノルウェーでは避けたい経験をしたので、今日はゆっくりと近所を軽く歩いてカフェでコーヒー飲んで、ミサに行って、手の込んだ夕食でも作って、DVDでも鑑賞っていう一日を希望。

カミッラはトレッキングがしたいのを知っているが、昨日の今日でまた何十キロを歩くのは疲れるので、ここで少し休みたいと、くるぶしを痛めたことにして、この日は国立歴史博物館に行くことにした。

 

昼ご飯のカレー、まともなカミッラ飯

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日曜日の余った野菜をスパイスとトマトで煮込んでカレーを作ってくれた。

いつもはうろ覚えのレシピでとんでもないものが出来るのに、今回はネットで調べてすごくまともなカレーを作ってくれたので喜んで食べたい。

 

国立歴史博物館

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オシャレな垂れ幕が掛かっていますが、工事中です。

行きたくないというカミッラも渋々ついてきて、高い入場料を払って入りました。

中世考古学を専攻していた私には、ヴァイキング時代の展示物を目当てにいつも行きたいと思いながらも、入場料を出し渋ったり、開館時間と予定が上手くいかなかったりで、やっと訪問することが出来ました。

展示物は南米やアフリカの民族衣装、ミイラや世界の古銭展示もあり、写真撮影もOK。

お目当てのヴァイキング時代のお品物は二つの部屋に分かれて展示されていました。

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シンプルな展示室。

展示品の説明は部屋の片隅に置いてある英語とノルウェー語の冊子に載っているので、それを片手に部屋をぐるぐる回るのがよさそうだ。

その冊子は貸出用なので、持って帰ってはいけない。

工事中で展示が中止されているものも多かったと思うが、ここでは展示品よりもユーゲンスタイルの内装がよく手入れされていて、かなり興味深い。

 

博物館の階段

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壁の無駄な曲線や金色の壁模様、金に輝く鉄細工のシャンデリアや至る所に見られる装飾など、シンプルな北欧インテリアになれていた私には別世界に来たような気分。

ノルウェー中西部にオーレスンという街があって、ユーゲンスタイルの街として3回くらい訪問しているのだけど、そこのスタイルよりずっと作り上げられた感がある。

ユーゲンスタイルは北方アールヌーボーと定義されていて、ドイツを始め、北ヨーロッパで19世紀から20世紀に流行った建築、インテリアのスタイル(多分、絵画作品もある)のことです。

オーレスンがユーゲンスタイルなら、こっちはもっとフランス寄りのアールヌーボーって言いたいような雰囲気かな?

素人美術史感でした。

 

扉の窓の複雑な細工もユーゲンスタイルです。スチームパンクっぽいか?

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ドアの周りにあるパネルを見るとわかる通り、この博物館ではなぜか、世界の民族紹介もしている模様。

最後の展示室は奥に視聴覚室みたいな暗い部屋があって、そこでは無言の映像作品が流されていた。

約20分程度の作品でアフリカ系の男女が無表情で廃墟や水辺にいるというもの、最後に流れた字幕で国を出て行かざるを得なかった人たちと取り残された人たちについて訴えているというものだった。

制作者の意図までは伝わらなかったが、かなり印象に残っているので大成功だったと思います。

博物館の売店横にあった展示室

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ここでは模型を使って地形の説明や上の写真のようなパズルゲームがあり、ノルウェーの風土について、少しだけ展示がありました。

今回は工事中で閉鎖している展示室が結構あったのではないかと思います、同じ金額でヴァイキングシップ博物館も入場することが出来るとのことで、入場券の期限が48時間なので、翌日はそこに行こうと言うことになり、博物館を後にした。

 

博物館の近くにある王宮

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現代社会に王様とか興味ありませんが、第一王位継承者が元薬物依存症のシングルマザーと結婚した話は感心してしまいます。

でも、彼らがたまたまそういう家に生まれたというだけで、庶民の税金で生活していることはあまり感心しませんよ。

 

ここはどこだろう?

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午後3時を過ぎた頃、そろそろ買い物に行って、美味しい夕食を作りたいとおもうのだが、気が付いたら知らないところにいた。

カミッラは昨日のオリエンテーリングの続きがしたいらしく、チェックポイントを探して、海沿いからマイオルストア駅にかけて歩きたいようだった。

 

奥に黄色い三角屋根のフロム博物館が見える

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交通量が多い幹線道路の上にかかる歩道橋を使って、海岸線に沿って歩きます。

お天気がすぐれないので、暗い風景ですが、ムンクが描いた風景ってこんな感じだったと思います。

 

暗い・・・

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南イタリアでも曇った寒い冬の日にわざわざ海辺の写真を撮りに行ったりすると、こんな感じの陰気な写真が撮れたりすることがありました。

二時間くらい歩いた後、くるぶしが痛むことを伝え、散歩を終わりにするよう伝え、マイヨルストア地区にあるドメニクス教会で行われるミサへと向かいました。

 

知らない地域の注意を促す看板。

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海辺からマイヨルストア地区にかけて、昔からの戸建て住宅と大使館が多い地域があり、交通量の割には道幅も広く、貧富の差が少ない北欧でもわかりやすい高級住宅地であることがわかる。

無事に教会でミサを終え、今度はDVDを図書館で借りようというので、“モンゴル”と“HELP”を借りて、帰路についた。

夕食は疲れて用意するのも面倒だったので、近所でファラフェルのピタサンドを買い、家で食べることにした。

ノルウェーで一番おいしいのはファラフェルです!

 

デザートはルバーブのクリームがけ

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疲れ果てている私に、カミッラが作ってくれたデザート。

ルバーブは初めて食べたが、酸っぱい繊維質がとてもおいしくて、キウイとレモンのような酸っぱさが病みつきになりそうだった。

上には茶色い生クリームとパン屑が乗っているので、一見生ごみ風で何事かと思ったが、精製されていない砂糖を入れて泡立てた生クリームなので、こんな色をしていたらしいが、それを知らずに食べる最初の一口は勇気が要る。

パン屑は生クリームで少しケーキのスポンジを思わせるので、美味しい。

日本ではあまり見かけないルバーブだが、売っていたら積極的に買いたいと思った一皿だった。

 

なんだかんだ言って結構な距離を歩いたけど、夕方からは美味しい食事とDVD鑑賞に落ち着きゆっくりすることが出来た。

翌日は博物館でもらった入場券替わりのレシートを持って、バイキングシップ博物館に行きます。

この博物館は、オスロから突き出た“風光明媚”な半島にあるので、また恐ろしい距離を歩くことになりそうだ。

 

バス代をケチった先にあるもの 後編

レーネ・マリーとの待ち合わせに失敗してから、予定していなかった彼女の住むアパートに徒歩で向かい、一休みの後、今度はイーゴルの家へ何の連絡もなしに行くことになりました。

 

車の修理工場かな?

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何もない道をまた行くのですが、イーゴルはグレフセンに住んでいるらしく、現在地のブレッケからはどう繋がっているのか地理関係が全く分からない。

この日はそもそも、レーネ・マリーと近所の公園に行ったあと、海辺なり、緑地なり、繁華街なり、徒歩圏内で散歩する予定だったため、スマホとレンタルWifiを持ってきていなかったのだが、後で恐ろしく後悔することとなった。

前日まで結構雨が降っていたので、足場の悪い広い緑地があり、そこを超えると、トラムの路線が見えたので、この路線を辿れば、知っている地区までは行けるだろうと安心感を覚える。

その数分後、“家が無くなった!”とカミッラが言った。

じゃあ、あきらめて帰りますか!とは行かず、道端で見かける人に手あたり次第、声をかけては道を聞くが、イーゴルの住む通りの名前は分からない上、家の特徴として商店が一階にある黄色い建物という10年前の情報だけ。

目の前にあるコープの建物は青く、二階部分がアパートになっているようには見えない、この日は祝日でスーパーは休みのため、従業員らしき人もいないので、情報を聞き出すことはできなかった。

親切な犬を連れた老紳士が、別のスーパーの場所を教えてくれたので行ってみると、今度はEXTRAという同じくコープ系のスーパーがあったが、カミッラの記憶では、場所が一致しないらしい。

歩道のない細い道を車に轢かれそうになりながら進んでいくと、日曜祝日でも通常営業しているJokerというスーパーを発見。

その裏手で見たモノ

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ハートの飾りがかわいいアパートが見えた。

門の入り口には“イーゴル”の表札が!

カミッラのうろ覚えで着いたイーゴルの家だったけど、不在のようだったので庭で仕事をしていた男性に声をかける。

小太りでスキンヘッドの男性は映画レザボア・ドッグスのTシャツを着ていて、聞き覚えのある拙い英語でノルウェー語が話せないと言う、すぐにイタリア人、それも知っている空気感のある南イタリアの人だと直感したので、私たちがナポリ大学で勉強していたことを伝えてみると、事情をすぐに理解してくれてイーゴルの近況について教えてくれた。

車でお使いに出たから、30分もすれば戻るというので、待っていても良かったのに、この近くにある修道院まで行ってみようというカミッラの提案に乗ってしまった。

 

聖ヨセフ修道院だったかな?

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こちらは主にカトリック青年会などで宿舎として提供したり、学生寮的に貸し間として家賃を徴収する建物らしい。

外側からしか見ていないが、居心地がよさそうだ。

イタリアやイギリスの修道院は歴史的建築物だったりするので、お化け屋敷的な重い空気を感じるのだけど、ノルウェーのものは割と新しくてインテリアも北欧のカラ元気な色彩でポップなのがかわいい。

 

シスターさんがいるのは右の建物

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ガラス張りの玄関が70年代のノルウェー建築っぽい。

ここの玄関は開いていて、勝手に中に入っていったのはいいけど、ある程度のところから立ち入り禁止なので、誰かが出てくるのを少し待っていた。

時刻は午後8時を過ぎているので、聖職者は一日の日課を既に終えている・・・ので、テレビ室とかでシスターが見てもよさそうなミリオネアとかのクイズ番組でも見ているのだろう。

 

玄関にあった彫刻

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地方のホステルみたいな建物だけど、こういう彫刻を見ると、ここが宗教施設だということを感じる。

しばらくして、奥の方からベトナム人のシスターがベールを被らずに出てきた。

廊下に貼ってあった地図にピンが刺してあり、この修道院に来るシスターの出身地に印をつけているのだという。

日本には一つも刺さっていなかった。

この修道院は広い敷地に建っているけど、そこにたどり着くまでの細く長い通路がある。

その横は修道院ともキリスト教とも関係のない学校などの教育施設があったり、一軒家があったりと土地の使い方が不思議。

 

イーゴルと対面

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30分後、イーゴルの家に戻ると、パートナーのアントネッラが出てきた。

彼女と話をしていると、スーパーで買い物をしていたイーゴルが戻ってきて久々に対面したのだが、正直なところ、妙にイラついている彼に少しがっかりしてしまった。

既に10歳になる娘がいるイーゴルは今の生活から遠い過去であるナポリ時代の知り合いが突然現れたところで、どうしていいのかわからなかったのだと思う。

そもそも、私たちはイーゴルの元カノの友達なので、パートナーの女性からしたら、思い出話なんて聞きたくないだろうし、娘の前で父親の若かった頃の知らない女性の話をされるのは迷惑でしかない。

それでも、夕食を食べて行くかすぐにに決めてほしいというので、私だけならお断りして帰るところをカミッラが再会を喜んでいるようなので、私がはっきりと食べて行く意思があることを伝えた。

冷凍の豚肉をグリルで焼いて出してくれたが、さすがに塊の肉は口に入れることができず、“パンだけ下さい”と言ってごまかし続けたが、カミッラによってヴィーガンであることがバラされてしまった。

庭で仕事をしていたイタリア人はイーゴルの幼馴染で、ナポリ大学に在籍していたらしく、思い出話をしたりしてしばらく過ごしていると、アントネッラが子供を寝かしつけると、テーブルを離れた。

すると・・・

“彼女たちはね、僕がサンドラと付き合っていた頃の知り合いで、ナポリでもオスロでも、サンドラのいるところにいた人たちなんだよ。”

と、急にフレンドリーに話し始めた。

やっぱり懐かしく思っていたのを家族に隠していたんだろう。

私たちの写真を撮ると、SNSでサンドラに送っていた。

 

真ん中の背の高いのがイーゴル

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イーゴルは元プロバスケの選手だったのに、娘はそのことを知らなかったのはショックだった。

私はノルウェー人がゆとりを持って生活していることを知っていて、その生活スタイルに憧れているのだけど、イーゴルとアントネッラは生活に疲れているのが見えて一緒に食事していてものどにつかえそうな感じだった。

イーゴルが言うには、イタリアに住む両親との距離が遠く、娘と里帰りするだけで疲れると、疲れを癒しに休暇をとるのに、かえって疲れてしまうと言っていた。

この日は祝日だったが、毎日をこなすことが苦痛なのだと知ると、ユールンやオーレはどうしてあんなに毎日を丁寧に楽しく生きられるのだろうかと考えてしまった。

疲れていても、折角訪ねてきた友人を追い返さずに夕食に招待してくれるところはナポリ大学時代の名残だったのかなとも思う。

 

じゃあ、帰ろうか!

というので、イーゴル宅を後にして、ビシュレにあるカミッラのアパートに向かうと思いきや、ここで今度はオスロ市主催のオリエンテーリングのチェックポイントを探そうと、スマホにダウンロードしたオリエンテーリングマップを見ながら、ニダーレンに続くアーケルシェルバ川近くから獣道を歩き始めたカミッラ。

時刻は22時、まだ明るいけど、どう考えても立ち入りを禁止すべく設置されたフェンスの金網の破れたところを通り抜け、橋の流されてしまった小川を渡ってどんどん先に行ってしまった。

この時間に森の中、それも崖の側や急な坂道の真ん中に建てられている黒いチェックポイントを探して回るのはバカバカしくて、それ以上は付き合いきれず、途中で歩くのを止めた。

雨水が流れ、道がぬかるみ陥没している道を更に進むカミッラが、途中で道が無くなって戻ってくるだろうと、しばらく待っていたのだが、道のない森の中で一人というのは心細く、辺りは薄暗くなっていく。

聞こえないだろうが、お散歩コースになっている横の道へ戻ると叫んで、道を戻り、舗装された川沿いを歩き始めると、崖の上でカミッラが私を探しているのが見えた、川の水流が激しくどんなに叫んでも、聞こえてないようで、真っ暗にならないうちにとニダーレンの街を目指してひたすら歩いた。

この日、スマホとポケットWifiを持って来ていたら、すぐにでも電話なりメールなり森を出て家に向かっていることを知らせることが出来たのに。

しばらくどこかで合流できるのを期待したが、一度傾いた太陽に周りがどんどん青い闇に包まれていくような暗さが怖くなり、早く人のいる地域に出るべく、早足で進んでいった。ニダーレンまで何とか辿り着くと、来た道の曲がり角の視覚記憶もしっかり残っていたので、そのままアパートへ向かって歩いて到着することが出来た。

その間に、カミッラが私を探して森の中を彷徨っていたらどうしようとか、どうして道のない場所に勝手に入っていったのだろうとか、もう、奴のやることには付いていけないとか、イライラと不安で一杯だったのに、アパートの灯りを見たとき、私のネガティヴな感情が全て流され、お互い無事に戻って来れたことを喜んだ。

カミッラは私が道に迷ったのだろうと、いつか帰ってくると思っていたそうだが、徒歩でこんなに早く戻るとは思わなかったと言っていた。

レーネ・マリーとの待ち合わせが出来なかっただけで、一日がこんなにも盛りだくさんになってしまったが、それでも眠りについたのは12時過ぎだった。

この日から私は何かあった時のため、重いスマホとポケットWifiは鞄の装備品として持ち歩き続けることにした。