I'd rather dance
夜の10時にベルゲンに着き、ホテル探しもしないで
一晩、外で過ごすことにした私たちは
朝までやっているレストランの入店を“酔っぱらっている”という理由で
追い払われた後、雨が強くなってきた路地で
雨をよけるため、どこかの店の軒先で一息ついて
途方に暮れていた。
途方にはくれていたけど、アルコールなど一滴も飲めない私が
酔っ払い認定されたことが可笑しくて、カミッラと和やかに
私たちを追い払った警備員の私生活などを推測して笑っていた。
もう深夜3時を回っている。
そこに通りかかった2人の若い男の子が話しかけてきた。
カミッラが事情を説明すると、この人たちのアパートに朝までいればいいと
招待してくれたらしかった。
“行こうよ!”
カミッラは付いて行く気で半分歩き出していた。
当時の私はノルウェー語どころか、英語すら話せない状態だったので
彼らの言葉のニュアンスを理解できないため、強い口調で断ってしまった。
見た目も大学新一年生で初めて家から離れて暮らす風。
二人とも私より少し背が高いくらいで体重は明らかに私より少なそうだった。
“どうして?どう見ても背が低いし、弱そうだよ?
なんかあったら逃げればいいじゃん!それに絶対童貞だって!
童貞のノルウェー男子は簡単に女に手を出さないよ。”
カミッラの彼らに対する安全だという決め手がとっても失礼だったので
疲れていたのに大笑いしてしまった。
“・・・家に招待してくれた人に言うことがそれかい!!
親切に自分のテリトリーに招いてくれるのに、
身体能力が低いとかモテなさそうとか!!”
“どっちなの?行くの、行かないの?”
“…行かない。”
自分たちがこんなこと言われているのも知らない彼らは
私たちがフランス語で話していると思ったらしく
“オールヴォワー”とフランス語で挨拶して私たちを後にした。
私もイタリア語で、夜じゃなかったらOKだったわよ!と返して
雨の上がった街の徘徊を再開した。
カミッラは男子の招待を断ったことに納得が行かないようだったので
FBI事件ファイルの猟奇殺人の話を聞かせながら歩いた。
小雨の中、とにかく歩き続けること小一時間、
舗装されていない道を歩いていたとき、
バイクに乗った新聞配達員が朝刊を配っていた。
朝が来たのだとホッとしていると、カミッラが形相を変えて
“隠れよう!”と言い、近くの敷地に建つ用具入れの影に駆け出していった。
小声で私を一生懸命呼び、すごい力で私を引っ張った。
どうやら新聞配達員をどっかのシリアルキラーと勘違いしたらしい。
確かにゴーグルに帽子にカッパは顔が見えない分怖いけど
雨が降っているのだから仕方ない。
私が新聞配達員だと、
朝日新聞も同じように暗いうちに新聞を届けてくれると説明すると
安心して道まで戻ってくれた。
緊張が解けたのと、疲れで足がもつれながら、
早足で路地に出てくるカミッラ、
数秒前までシリアルキラー扱いされていた新聞配達員が
恐怖の形相で凄い勢いでバイクに戻り、走り去っていった。
確かに、こんな時間に東洋人が畑から出てきたら驚くだろうなと、
自分のせいにしていたけど、振り返ったカミッラを見たときに
その答えがわかった。
用具入れに隠れたとき、出っ張っていた釘に額をぶつけて
顔が血だらけだった。
歩き方もゾンビの襲撃っぽかった。
後で考えてみれば、雨の中を一緒に歩いていたはずの私が
雨によけられているかのように全く濡れていなかったことの方が怖いかもしれない。
カミッラの血を拭って、自分たちが最強だと少し笑ってから
街の方向へ歩き出したころ、空が明るくなってきた。
そのあと、日の出を見ようと海に面した高台まで行ったけど、
天気が悪くて朝日は見れず、ついでに西の端っこにある街で
海側を見ていても天才バカボンのうたでもなければ、
見られるはずはない。
お日様は東から上るものだ。
7時になり、街頭が消えてカミッラは朝食用に
ホステルの受付は8時からなので、安心できるまでもう少し。
人けのない土曜日の朝は少し不気味だった。
正直なところ、男の子たちの誘いに乗らなかったことを結構後悔している。
自分にストライクなタイプの男の子たちに
こういう状況で誘われるより、
ディスコで少し趣味の違う大人男子に声をかけられたら
目的がはっきりしている分、そのオファーを受けやすかったと思う。
ベルゲン特急3につづく・・・