猫好きの力というのは無敵だ。
ついでに人間を無力にしてしまう猫の魅力も恐ろしい・・・。
カルメンのアパートを初めてたずねたときのことをよく覚えている。
赤猫のロメオが挨拶に来てくれた上、私に親近感を示してくれた。
私の猫好きも相当だが、カルメンには負ける。
このロメオのジェスチャーが彼女に良い印象を与えたのであろう、
地元で満足娘なので、人種の違う私を警戒していたのは事実だ。
しかし、お互いの猫好きが分かると急に距離が縮まったから不思議。
私はこれを猫力と呼んでいる。
リーヌス、ブルーのペルシャ猫
うちの実家の近所には地元の名主が住んでいるのだが、
近寄りがたい心理的社会階級差も猫によって解消されつつある。
なぜなら彼らも猫好きだからだ。
その一家の新しい住人猫、ゴローちゃんがなぜかうちの猫と仲良しで
お互いの家を行き来している、雨などでうちの猫が家にいると呼びにまで来るのである。
地元の名主様と交す挨拶も
"うちのゴローがお世話になってます。"
"お宅のネネちゃんによろしく。"
"雨の日ぐらいうちに上がってゆっくり遊んでくださいって、ネネちゃんに言っておいてくださいよ。"
・・・・・猫に何の関心もない人だったら、こいつら頭おかしいんちゃう?
って言われそうだ、関西弁で。
実際イタリアでこの会話の意味を分かち合えるのはカルメンくらいだ。
赤ちゃんラッシュ時の猫、カメラの紐に興味津々、全然警戒していないから不思議だ。
そういう猫好きのおかげか、週末にカルメンのアパートにお邪魔するたびに
ある意味、イタリアでの実家感覚で過ごすことができる。
カルメンの仕事の締め切りが迫っているときなど、
猫の世話を言い訳に彼女のアパートに入り浸っている。
そんなことしてるから、先週みたいに猫の赤ちゃん産み落とし現場に居合わせてしまったりするのだ。
イタリアでは未だに黒魔術師で生計を立てている人がいる、
そのせいか、猫は悪の使いと疎ましがられる傾向があり、
猫好きは魔女か、脳みそが蒸発してしまった人というイメージが強い。
猫好きでない知り合いには週末ナポリに行く私の猫ウィークエンドは分かってもらえない。
すごいしかめっ面で猫が好きかと問われるのだが、
ここで元気に”JA!!(YES!!)”と答えたものなら、異端裁判が待っている。
家畜は生計を立てるためだった南イタリアでは動物に対する扱いは
動物愛護団体に訴えられるくらいひどい。
カルメンの家族ともいえる猫ちゃんたちを
ぬいぐるみや犬と同じ扱いにする人たち、
本当に命があって大切にする存在であるというコンセプトの根っこがないようだ。
とかいいつつも、縄張り意識の強い小型犬がとても苦手だ。
昔犬の散歩で肩の骨2回もはずしたからか?
ベルゲンの猫、この子は家猫ちゃんと思われる。以前訪れたときも見かけた猫。
上の写真と同じな猫ちゃん、カメラは嫌いみたい。
ベルゲンを夏に訪ねたとき、野外に猫広場が設けられていたのを覚えている。
雨しのぎの小屋と餌と水が備え付けてあった。
そしてその数年後、お気に入りの大学付近に白黒ぶちの巨大猫たちが、
雪の上を歩いていた。
その近くには金髪の眼鏡を掛けたマダムが、ほほえましげに猫を見つめている。
シャイな私もつい"お宅の猫ですか?"と聞かずにはいられなかった。
彼女曰く、そうだけど、そうでもないそうだ。
捨て猫を拾い続けて、室内には15匹の猫ちゃんが既にいるとのことで、
これ以上飼えないので、この3匹に適度な餌を与えに来ているそうだ。
ベルゲンの猫おばさんに遭遇してしまった・・・。
昔日本のワイドショーでやってた猫オバさんを思い出した。
捨て猫を拾って室内で飼い、
飼いきれない猫の寝床を自分の敷地内に設置、そこには防寒対策にヒーターつきだったな、
生後、数週間で流感にかかって復活したブルーの猫と売れ残り猫マルソーの仔猫時の写真。
マルソーはカルメンの猫アパートで図々しく暮らしている。
こちらが私の日本の実家の猫ネネ、
心理的社会階級を打ち崩した”ウォールズ・カムズ・タンビング・ダウン”猫である。
猫おばさんの外房に住む叔母により拾われて、うちに来たビルマ猫の雑種、
家族全員この子の奴隷だ。
飯の足しにもならない、役に立たない動物といわれる猫。
私にとってはその存在だけで、私を元気にしてくれる特効薬、
それはビタミンだったり、鎮静剤だったり、抗鬱剤だったり、コカインだったり・・・。
ただ、静かに寝ている姿を見るだけで心が癒される、
"なめんなよぉ!"って表情もたまらないよな。
しかし、80年代に流行った"なめ猫"、あれこそ動物虐待だよな、
猫の学ラン着せたり、変なはちまきさせて・・・。
最後に北欧神話から猫のエピソード
北欧神話の登場人物、フレイア、雷様のトールの妹であり、
南欧古代神話ではヴィーナスにあたる美と豊饒の神。
自分を捨てた夫を探しに天界へいく彼女だが、その際の乗り物は猫が先導する車だ。
古代のスカンジナビア人も猫に不思議な力があることを悟っていたようだ。
そういうフリードリッヒ2世も幼少期は猫を過ごしている。
作家ヘミングウェイも猫好きだったな。
来週はルーシーの生後2週間後の猫を見に行かねば、
自分が今まで以上に他人に後ろ指差されそうな
ネコ馬鹿ばばあになっていく。